小説を読んでいましたら「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」という言葉が出てきました。
人生を四季に当てはめた中国からきた言葉です。
「青春」は10歳代、「朱夏」は20歳~30歳代、「白秋」は40歳~50歳代、「玄冬」は60歳代以上となります。
60歳以上を「玄冬」と一括で括られているのは昔の寿命を考えてのことでしょう。
今なら10歳以上加算してもいいのかもしれません。
この言葉に似たものが論語にも載っています。
子曰わく
吾十五にして学に志す――「志学」(学を志す)
三十にして立つ――「立身」(独立をする)
四十にして惑わず――「不惑」(まよわない)
五十にして天命を知る――「知天命」(天命を知る)
六十にして耳順(した)がう――「従耳」(人の言葉を素直に聞く)
七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を超えず――「不超矩)(思うままにふるまっても道はなずれない)
この孔子の言葉の中ではやはり、自分の世代の「六十にして耳順がう」はピッタリでしょう。
この年になると物事を知ったかぶりして、自己主張が強くなり、人の話を聞かない世代なのです。
それを克服した時こそ、「七十にして心の欲するところに従って、矩を超えず」とした境地になるのでしょう。
それを克服しなかったら、普通の口うるさい年寄になる・・・
ただこれからのことを考えると、70歳以上の人達の力が必要かと思うことがあります。
この度の大震災の被害は大変のもので、これからは今まで以上に経済にも大きな影響が出てくることでしょう。
復興資金のために増税や国債発行、もしかして日銀が国債購入引き受けなどになったら、ハイパーインフレ・スタグフレーションが起きるとも言われています。
今までの生活基盤が崩れていくこともあるかもしれません。
そのような時に必要なのは「経験」ではないでしょうか。
今回の災害に近い経験をした人達は70歳・80歳代でしょう。
それ以下の人達は知らないのです。
今は戦後ほとんどゼロから始まった日本を立て直してきた人達の知恵が必要になってくると思います。
経験と知恵を年配者から受け、若い人達がそれを生かして復興する。
そのような形が「一丸」となってということです。
今の政情を見ると、「一丸」という言葉と程遠いので本当に残念です。
これからの動きが大変気になるところです。