今月の初め頃、雑誌「致知」の広告が日経新聞に掲載されました。
読まれた方もいると思いますが、とてもいい文章でしたので、それを切り抜き、私の[銘肝録]に貼っています。
今日はそれを紹介したいと思います。
生涯を小中学生の教育に捧げた東井義雄先生からうかがった話として書かれています。
「ある高校で夏休みに水泳大会が開かれた。
種目にクラス対抗リレーがあり、各クラスから選ばれた代表が出場した。
その中に小児マヒで足が不自由なA子さんの姿があった。
からかい半分で選ばれたのである。
だが、A子さんはクラス代表の役を降りず、水泳大会に出場し、懸命に自分のコースを泳いだ。
その泳ぎ方がぎこちないと、プールサイドの生徒たちは笑い、ヤジった。
その時、背広姿のままプールに飛び込んだ人がいた。
校長先生である。
校長先生は懸命に泳ぐA子さんのそばで『頑張れ』『頑張れ』と声援を送った。
その姿にいつしか、生徒たちも粛然(しゅくぜん)となった。」
私はこの文章を読むたびに少し涙ぐんでしまいます。
「イジメは良くない」と叱るのでなく、校長先生が自ら背広のまま飛び込み励まします。
A子さんに手を貸さず、「頑張れ」「頑張れ」と励ます姿に感動します。
また、それより「イジメかもしれない」と分かっていても、逃げることなくリレーに参加するA子さんの心意気の素晴らしさ、そしてそれを支えている親・家族の姿が浮かんでくるようです。
精神的にも肉体的にもハンディーを負った人達を差別することは人間として、してはいけないことです。
それを分かった上で、A子さんのような人を育てることも大事かと思います。
ハンディーを追った人は自他「障害者」との認識を持っています。
優しくすることも、されることも当り前と思っている部分があります。
でも優しさは時としてその人の力も殺いでしまいます。
人の可能性はハンディを乗り越えたところにあります。
それを思い知らされたのが韓国で行われた世界陸上「男子400」です。
それに出場した両足義足のランナー、オスカー・ピストリウスさんです。
パラリンピックのような障害者だけの競技会でなく、世界一を競う世界大会に挑戦して立派な成績を残せたことが素晴らしいことです。
両足義足のランナー、オスカー・ピストリウスさんが世界陸上に出場すると知った時は驚きでした。
でも、障害者でも健常者と対等に戦えることを証明しました。
彼の挑戦が、それに倣う多くの障害者アスリートを生んで行くのでないかと期待しています。