それは定時になっても始まらないことです。
その内司会者から「まだ遅れている方がいらっしゃいますのすので、少々お待ち下さい」とのアナウンスがあり、5分、10分遅れで始まります。
遅れてくる人は時間を守るというルールに違反した人。
努力して時間を守った人が、守らなかった人のために待たされる。
それを優しさという人がいます。
そうでしょうか?
大分前になりますが、ある大企業の講演会の時のことを思い出します。
例のごとく定時になっても始まらず、司会者からの案内も無い時、突然講演者の永六輔さんが演台の前に立ち、これから始めますと話し出しました。
その時、あわてて司会者が出てきましたが、永さんはそれを無視して「時間になったら始める。それがルールです」の様な事を言ったのを記憶しています。
その言葉を聞いて拍手が起きました。
参加者の気持ちを代弁している思いがしました。
ルールを守るのは当り前。
守る人が損をして、守らない人が得をする。そんな社会になって来たのかと思います。
地下鉄そばの自転車置き場に置く人と、置いてはいけない地下鉄入り口周辺に置く人。
運動会の場所取りもルールを守る人、守らない人。
ゴミ出しのルールを守る人、守らない人。
色々ありますが、ルールを決めても守らない人に対する罰則が無いものだから、守らない人が得をする。
そんな社会に日本がなって来ました。
ルールを守ることは本来人間としての倫理観です。
倫理観の欠如でしょうか。
テレビで沖縄には「沖縄時間」があると言っていました。
始まる時間が定時より1時間遅れるのは当り前だそうです。
「いいじゃないの」という大らかさという考えもあります。
「許すことも優しさ」という考えもあります。
私は残念ながら馴染めません。
そんな人と約束をしようと思いません。
北の国と南の国。
経済に置いて南北問題があります。
その原因の一つにその気質にあるのかとまで思ってしますのは考えすぎでしょうか。