優しさは無責任を伴うのではないだろうかと。
「優しさ」=「甘やかし」の形が多くなっているように思われます。
公的なものを見てみると、社会保障というのがあります。
23年度の社会保障の予算額が約29兆円になります。
毎年2兆円増えています。
この内4割が国債でまかなわれているということです。
福祉という名の下では、その増額にはなかなか反対できず、膨らむばかりです。
でも、もうそろそろ限界に来ています。
増税でという話もありますが、成立も、またそれだけでは処理できないほどに支出が膨らんできています。
ヨーロッパの国債市場の混乱が日本にも影響を及ぼす勢いです。
日本の銀行が買い支えている日本の国債も先行き不安です。
いつ日本がギリシャの様になるか分かりません。
その可能性がはあります。
その時、国債でまかなわれている予算分は一気に消滅してしまいます。
日本はこれから高齢化が益々進み、福祉、介護の業界が伸びると言われています。
予算削減で福祉、介護の予算がカットされてしまうと、補助金も大幅に減額され、この業界が大きなダメージを受けるかもしれません。
勿論他の業界もそうです。
入ってくるお金で生活するという当り前のことに戻る時が必ず来るでしょう。
最初に書きました「優しさ」というものは、余裕があるから出来るものです。
余裕がなくなれば、人の事は構っておられず、自分が生活することが優先されます。
現在の「優しさ」の下の「豊かさ」は、過去の先人たちの苦労の末、作り上げた「豊かさ」です。
私たちの生活はその上に成り立っているのです。
そして今、私達が作っているのは借金です。
将来への子孫へただ単に苦労を作っているだけなのです。
来年は変動の年と予測されています。
経済的にも厳しく、私たちの周りの様子も変わって行くはずです。
今こそ、自立し、将来の子孫たちから「ダメな世代」と言われない生き方をしなければならないと考えます。