最近、テレビのニュースやワイドショーを見ていると、政治にしてもコロナ問題にしても、また社会問題にしても、問題点を指摘し追求する内容が多く、私はテレビを消してしまいます。
ほとんどの局でそうです。
私は思うに、多くの日本人は全ての事柄に100%を目指す傾向があるようです。
これは日本人の特性のような気がします。
伝統工芸についても、現代の製品作りについても、細やかなところまで気を配り100%完全を目指します。
確かにそれが日本製品の質の高さを作り上げてきました。
そこには100%でなければ認めない、ストイックさがあります。
逆を言えば100%でなければ認めないということです。
これは自己に対して、また自社に対してであればいいのですが、時にそれが他者に対しても100%を求めようとします。
そして、いらぬ軋轢が生まれます。
コロナのワクチン接種に対しても、その安全性に不安を抱いている人が多いようです。
外国と比べても極端に不安を抱いている人が多いようです。
そこにもやはり100%の安全性を求めているようです。
人と生活する上で、自分には100%を課しても、他者には100%を求めなければ、そこに優しさが生まれます。
大筋間違いなければいいではないか!
70%・80%の出来でもいいではないか!
70%・80%でもいいではないかと思えれば、そこに20%30%の余裕が生まれます。
そしてその分だけ人に優しくなれます。
こんなコロナの時だからこそ、70%80%で良いと思う余裕が必要だと思います。